魚の分布をリアルタイムで観測する技術

 

これはオープンなアイデアです。ぜひご一緒に実現しませんか?

赤松友成

 

独立行政法人水産総合研究センター 水産工学研究所

本稿は第39回海洋工学パネル(2010.1.22, 東京都)での講演要旨に図を加えたものです。 

 

1.これまでの海中探査手法

アメダスで全国各地の降雨量が瞬時に見られるように魚のいる場所がわかったら,どんなに便利だろう.これまでのところ,こうした衛星情報は水産資源の予測には使われてきたが,水の中の魚を宇宙から直接計測することはできなかった.なぜなら,海中には電波が届かないからだ.塩水は大変良く電気を通す.電波で見えるのは海表面のほんの薄皮だけだ.海洋が宇宙と並ぶ最後のフロンティアと呼ばれるのは,人間が直接行くことが難しいというだけでなく,広域な遠隔観測ができないことが大きな理由である.

海中を見るなら音波を使うしかない.音なら海水中でも遠くまで届く.たとえば遙か遠くに豆粒のように見える貨物船がいても,水中マイクロホンを垂らせばゴロンゴロンというエンジン音が意外に間近に聞こえるものだ.音波は,水中では空気中より吸収されにくく,とくに低い周波数ではとてつもない距離を伝わることが知られている.

様々な海中音響探査装置がこれまでに考案されてきた.測深器,魚群探知機,スキャニングソナー,DIDSONのような海中可視化装置などなど.基本原理はどれも同じで,超音波を発し海底や魚などからのこだまの遅れ時間と強さ,機種によっては方位を検出してディスプレイに映し出す.これらは,数メートルから数ミリメートル程度の比較的空間精度の高い情報を得ることができる.ただし超音波ビームの幅が狭く,たとえそのビームを回転させたとしても観測可能な範囲は数百メートルから数十メートルに限られる.

低周波領域では,海洋音響トモグラフィー,海洋気象観測のための音響測温(ATOC),潜水艦探知のため米軍が開発した低周波アクティブソナー(LFAS),海洋を導波管にみたてた低周波ソナー(OAW)などの広域リアルタイム観測が試みられてきた.ただし海洋構造や潜水艦,あるいは巨大な魚群といったものが対象で,小さなものは見えない.またシステムが複雑かつ大きく,簡単に運用できない.

対象が音波を発してくれれば耳を澄ませる方法もある.SOSUSなどの潜水艦探知システム,音響ブイを利用したクジラ類の観測,魚の声を利用した水産資源観測などである.比較的簡便で,定点で長期間観測を行うのに適した手法だが,いかんせん相手が自ら音を発してくれない限り検出できない.

どの方法も一長一短である.なんとかして,高い解像度をもち,広域リアルタイムで,相手が積極的に音を出さなくても海洋のいろいろな資源を見つけられる夢のようなシステムをつくることはできないだろうか(図1).それが,それほど難しくなくしかも安くできるのではないかというのが,本講演での提案である.

 
図1 こんな未来が実現できないだろうか? ネットをクリックすると、天気図をみるように海中の生物資源の三次元分布がわかったらすばらしい。


2.船を利用した観測網

海中を高解像度で見るためには,海の中を超音波で満たし,その反射音をそこら中で受信し記録し集積しなければならない.それにもっとも適したプラットフォームは船舶である.

現代の船は電子航行計器のかたまりだ.ノルウェーの巻き網船のブリッジは,アメリカのSF映画スタートレックに出てくるUSSエンタープライズ号のものといわれても納得できそうなほどスクリーンや表示ランプやスイッチに満ちあふれていた.シートに座るとカーク船長になった気分だ.なにも最新鋭の船でなくてもいい.数トンクラスの漁船でも魚群探知機はほとんど装備している.貨物船だって,港に入るときは測深器で座礁を避けるだろう.惜しむらくは,その情報が共有されず,もっぱらその船だけで用いられていることだ.しかも使われているのはごく一部に過ぎず,観測された情報はスクリーンから消えてしまえばそれっきりなくなってしまう.

翻って陸上ではどうだろうか.有名なのは気象観測システムのアメダスだ.気象状況を時間的,地域的に細かく監視するために,降水量,風向・風速,気温,日照時間の観測を自動的におこなっている.現在,降水量を観測する観測所は全国に約1,300ヶ所あるそうだ.新宿や渋谷などの東京の主要繁華街には警視庁が街頭防犯カメラシステムを導入し,犯人の検挙活動等に活用されている.これらの観測装置は,気象庁や警視庁が特別にお金をかけて整備したものである.一方,船舶にはもともと,超音波の送受信装置がついていて,海中を探査し続けている.センサーはすでにあるのだ.しかも都合がよいことに,それらは海上をくまなく走り回っている.定期航路の貨物船や客船は,同じ場所を決まった時刻に行ったり来たりする理想的な観測プラットフォームである.

船舶を利用した環境観測の取り組みは,すでになされている.水産総合研究センター中央水産研究所は,東京の晴海埠頭と父島の二見港を結ぶ「おがさわら丸」の航走水温計を用いて,伊豆・小笠原海嶺域の表面水温変動を調べている.地球温暖化研究のための二酸化炭素濃度計測は,航空機や貨物船を動員してすでに数十年にわたって大規模に実施されてきた.では,同じようなことが海洋資源探査でもできないだろうか.魚群探知機や測深器に記録装置をつけて,港に入ったらその中身と船の位置を無線ネットワーク経由で送信するのだ(図2).

音響探査装置はたいがいの船についている.二酸化炭素やクロロフィル濃度を測るセンサーと違ってあらためて装備する必要はない.必要なのは,その情報を記録して飛ばす装置だけだ.音響探査装置からは送信トリガ信号と受信波形信号の端子だけ引っ張り出してやればよい.これをデジタル変換して,適切な信号圧縮をかけ,小型ハードディスクに記録して無線LANで飛ばせば,自動海中探査ネットワークのできあがりだ.船の位置はハンディGPSで簡単に記録できる.これらを構成する要素技術には,とくに大きなハードルはなさそうである.一台数十万円くらいで,音響装置の脇にちょこんと載せられるアンテナ付きの箱がつくれそうだ.あとは港にインターネットの接続ポイントを設置すればよい.これは造作もないことだろう.集められた海中からの反射音データと位置情報をあわせれば,まるでアメダスのように,日本の周辺の海の中の魚の分布がわかるだろう.

電波を通さない良導体の海表面の薄皮をひっぺがし,海の底まで海洋資源を見られるシステムがこんなにも簡単にできたらすばらしい.しかも日本の周辺にはそれこそ無数の船舶が航行している.これらの船舶の一部でも海中センサーのプラットフォームとなれば,海中資源探査にまったく新しい時代が来るだろう.まるで衛星画像から雲の動きを見るように,日本周辺の水産資源の三次元分布が日に日に更新されていく様子が,クリックひとつで誰にでも見られるようになる.

 

図2 船舶をプラットフォームとした水産資源の自動観測網構想.海洋生物の声を聞いたり,音を当てたりしてその数や種類を位置と共に記録し,このデータを集積すれば,コストをかけずに海中の三次元観測網を構築することができる.

 

 

3.問題点と解決方法

3.1 費用負担

これまで良いことばかりを述べてきたが,実現には越えなければならないハードルがいくつかある.最初にぶち当たるのが,費用負担と装備方法だ.小さい箱とはいえ,何らかの取り付け工事が必要だし,そんなものにお金を払って取り付ける酔狂な船主さんがいるわけがない.

これには良い手がある.船主さんが買った魚群探知機にすでにその機器が仕込まれていればいいのだ.なにも手間をかけず,そのまま船に装備してもらえば,あとは自動的にデータを送信してくれる.こうなると日本に数社しかない魚群探知機メーカーに,小さな箱を内蔵してもらうための費用を政府が補填すればよい.ユーザーである漁師や貨物船の船員は,ふつうに魚群探知機や測深器を使えばよい.表示も機能もこれまでの機種となにもかわらない.これなら,海洋資源観測をしているという意識すらないだろう.大型船の位置はすでに船舶自動識別システム(AIS)で管理されている.小型船の位置情報も,その扱い方を工夫すればよい.情報管理は第三者機関が行い,個人情報が特定できるような公開はせず,国勢調査のように常に統計情報として利用してもらう.機器の装備については「お上の力」を借りようではないか.つまり,政令などで魚群探知機や測深器への,海中データ記録転送機器の付加を義務づけてしまう.差額費用は公的機関が負担する.

ちなみに支出はどのくらいかというと,全部で4億円くらいだろうか.多めに見積もって装置一台分の差額が200万円とすると,2億円で100台用意できる.開発費やメンテナンス費を入れてもその倍くらいだろう.これで100隻の自動海洋資源観測船が用意できる.100隻の調査船を運航したり,100個の海洋観測衛星を打ち上げたりすることに比べたら,全く誤差範囲の支出だ.5年計画なら年額8千万円.実現可能なレベルのプロジェクトだ.それでいて衛星や調査船では得ることが不可能な海中の三次元的な資源量分布が見られるのだから,お得ではないか.

 
図3 日本のまわりには多くの船舶が航行している


3.2 受益者

この情報を使ってくれる第一のお客様は水産関係者だ.漁師さんが船の上で,漁業協同組合の事務所で,各地の水産研究所で,霞ヶ関にある水産庁で,日本の周りでも地先でも,水産資源の分布を天気予報の雲の動きのように見ることができたら便利だ.

この観測システムでメリットがあるのは水産関係者にとどまらない.環境や防災,防衛まで含めれば,受益者割合を100%に近づけることができる.平成19年度の日本の漁業就業者数は20万4千人(平成19年度  水産白書).全人口の0.16%である.税金を使うプロジェクトとしては他業種・他省庁も巻き込みたい.

たとえば,東京湾の海中を誰がいつも見張っているだろうか.海上ならば国土交通省の管轄である.しかし,海中から入ってくるものについてはまったく無防備だ.それは迷い込んだコククジラのような貴重な生物かもしれないし,漁業や発電所に多大の被害をもたらす大型クラゲかもしれない.潜水具をつけた密猟者や,海中からテロを仕掛ける工作員かもしれない.駿河トラフで崖崩れが起こったり,熱水が噴き出したりしても,いまは誰も気付かない.濁った水が海面付近までわき上がってでもしないかぎり,見るすべがない.でも,それが東海地震の予兆であったら,何十万人もの生命と財産を守ることにつながらないだろうか.なにも東シナ海や日本海の潜水艦探知に使えとは言わない.原理的にはそれも可能だろうが,グーグルストリートではあるまいし,海の中をそこまで公にさらしてしまってよいものかという気もする.もっと身近な海の中がどんなふうになっていて,それが季節ごとにいかに変わっていくのかを画面で見られたら,その使い方は思いもつかないものがたくさん出てくるだろう.

 

3.3 情報管理組織

ここまでの話は政府と企業と研究者がプロジェクトチームを組めば,できる範囲であった.4億円のプロジェクトで100隻に装備するだけなら,個々に船主さんと船長さんの了解を得るだけでGOだ.今の段階での現実的な始め方は,数十隻の新造のモニタ船を選んで協力を要請し,データ記録伝送装置を組み込んだ魚群探知機なり測深器なりを導入してもらうのがよい.国内のみ運行する貨物船なら国際問題に発展することはない.瀬戸内海や伊勢湾など漁業も運輸も盛んな海域が適しているだろう.受信基地局はたくさんの船が出入りする大きな港に数カ所設置すれば,コストパフォーマンスも良い.これだけでも日本の領海のかなり面積をカバーできると思う.

もし大規模にこのネットワークが構築されると,情報管理と調整を行う組織が必要になるだろう.その仕事は大きく分けて3つにまとめられると思う.

まずデータベースを管理しなければならないので,情報管理の専門家が必要だ.時々刻々入ってくる音響情報と位置情報をつなげて整理し,統計情報に計算し直して地図上に表示できるようにする.GISとの相性がとくに良いので,衛星画像や従来からの海洋観測・生物観測と組み合わせると,いろいろなことがわかるに違いない.港の無線LANの基地局設置や故障した機器への対応など,サービスエンジニアの人材が不可欠だろう.

漁業者や政府との折衝担当として行政経験豊富な方のセクションが必須だ.現場では漁協や運送会社への説明を担うこともあれば,情報の利用と公開方針について政府と話し合うこともあるだろう.省庁間でのデータ利用や収集方法の希望の調整も仕事の範疇に入る.また,いろいろな国で同じような観測態勢ができた場合,多国間での情報管理の枠組みも決めなければいけない.

データをまとめ加工して天気予報のように提供する「海の予報士」のような役割を担うセクションも必要だろう.研究や調査に携わった方,あるいは現場で漁業を営んでいた方が適任だ.ピンポイント天気予報は,いまでは商売になっている.情報管理部門がまとめあげた一次情報をうまく加工して付加価値をつけて提供すると,それには値段がつくようになるはずだ.さらに,それぞれ履歴の異なる個々の船から上がってくる生データを標準化することも必要だ.地味な作業だが,センサーから得られた情報の信頼区間,複数船のデータの定量的比較など,技術的なところでやるべきことは多い.

提供するサービスが,漁業情報だけでなく防災やセキュリティー,環境と多彩になるにつれ,スタッフの数と専門性を増やしていかなければならないだろう.データはできるだけ公開していくことが望ましい.日本の海洋工学が主導して,安価で広域で役に立つ海中探査システムを構築できたらすばらしい.一機関だけではとうてい実現できないアイデアですので、ぜひ仲間になってご一緒にやりましょう。

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