高速船とクジラとの衝突の可能性について    2006.4.10 水産総合研究センター 赤松友成

昨日(2006年4月9日)、鹿児島・佐多岬沖で、鹿児島商船の高速船「トッピー4」(280トン、乗員5名、乗客103名、毎日新聞より)が何か大きな物体に衝突し、多数のけが人がでた。乗客と乗組員のみなさまの早いご快復をお祈りしたい。▼物体は、船体後部にぶつかり、姿が見えなかったことから、クジラである可能性が示唆されている(同紙)。高速船は、クジラが嫌がる音を発する「アンダー・ウォーター・スピーカー」を作動させていたそうである。もしその物体がほんとうにクジラであったとしたら、どのような原因でクジラが高速船舶に衝突するのか、また、有効な対策はあるのか、Q&A方式で検討する。(更新履歴: 2006.4.10, 16:27, 19:40, 20:03, 4.11, 18:34)

Q なにがぶつかったのか?

A わかりません。衝突痕の調査から、物体が生物なのかそれ以外の物なのかがわかることを期待しています。もしクジラだとするならば、船体に肉片が残っていないでしょうか。この遺伝子解析を行えば、種判別ができるはずです。後述するように、ハクジラかヒゲクジラかで聞こえる音の高さが違いますので、威嚇や探知での音響的対策も異なります。

Q クジラはどんな音波を嫌がるのか?

A 大きくて、クジラが聞こえる高さの音で、慣れにくい音です。

Q クジラを威嚇できる音の大きさとは?

A 威嚇するには、クジラに聞こえる音が大きくなければなりません。反応行動が認められる音圧レベルは120から170dBre1uPa*と非常に幅が広いのですが1) 、オキゴンドウというハクジラの例では、約170dBで威嚇効果が認められました2,3)。広く深い海中では、音源から1mの距離での音圧レベルが200dBであっても、100m離れれば160dBまで音圧レベルが下がります。音源から遠くにいけば、聞こえる音の大きさが小さくなります。音源から1km離れれば、吸収減衰も無視できなくなるので、行動変化が確認できる最低レベルの120-130dBまでクジラが聞く音は小さくなるでしょう。威嚇効果を期待するには、もっと大きな音をクジラに聞かせなければなりません。非常に大雑把に言って、水中スピーカー(記事のアンダー・ウォーター・スピーカー)から200-300m程度までが、クジラの威嚇範囲と予想されます。* dBre1uPaとは、1マイクロパスカルを基準とした水中の音圧レベルの単位です。空気中の音圧レベルの単位とは基準点が違うので注意が必要です。たとえば漁船のエンジンの脇で測った音圧レベルが160-170dB程度です。

Q クジラの聞こえる音の高さは?

A クジラが聞こえる音の高さ=周波数は、種類によって異なります。マッコウクジラやアカボウクジラの仲間といった大型のハクジラの聴覚は測られていないので、出している声の高さ4)が聞こえると仮定して推測するしかありません。だいたい1kHz-30kHz、高いもので80kHz程度までです。一方、小型のイルカは150kHz程度まで聞こえます。大型でもヒゲクジラの場合は、もっと低い10Hzから数百Hz程度です。つまり、威嚇したいクジラの種類によって、出す音の高さを変えてやらなければいけないわけです。

Q どんな音が慣れにくいのか?

A 予想しにくい音が慣れにくいようです2,3)。突然大きな音がしたり、周波数が変化したり、発音間隔が一定でなかったりといった音です。但し、定期航路などの場合、常にその音波を発し続けていると、威嚇効果が小さくなる恐れはあります。

Q 他に対策はないのか?

 大型のハクジラの場合、水中を探査するために生物ソナーをしばしば使っていると推測されます。クジラの発する声をキャッチして、あらかじめクジラの大まかな位置を特定し、これを航行中の船舶に伝えるという別の対策があるでしょう。2002年にロレックス賞を受賞したMichel Andreは、マッコウクジラの声を探知して、船舶との衝突を避けるプロジェクトを進めています。例えば航路上にクジラ探知ブイなどを浮かべるか沈めるかして、人間の動かす船舶に探知結果を教え、事前に回避することも今後必要かも知れません。なお、船舶にクジラの声を受信する探知装置を取り付けるのは難しいです。というのは、船の発する雑音のせいで、クジラの声の受信距離が格段に短くなってしまうからです。▼陸上の交通事故対策と同じで、特効薬はないでしょう。クジラを探知したときだけ、威嚇音を発するようにして慣れを抑える工夫もよいと思います。複数の対策を組み合わせた、人間にもクジラにも安全な海上交通システムが望まれます。▼関連したシンポジウム「海の動物を声で見る」が5月24日東京で開かれます。

毎日新聞 http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060410k0000m040050000c.html

朝日新聞 http://www.asahi.com/national/update/0410/SEB200604100009.html

読売新聞 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060409it12.htm?from=top

1) Richardson, W.J., Greene, Jr. C.R., Malme, C.I. and Thomson, D.H. (1995),  Marine mammals and noise,
 Academic Press, San Diego, New York, Boston.pp.576.

2) Akamatsu, T., Hatakeyama, Y. and Takatsu, N. (1993),   Effects of pulse sounds on escape behavior of false killer whales.  Nippon Suisan Gakkaishi, 59(8),1297-1303.

3) 赤松友成 (1994),   パルスによる鯨類の行動制御. 漁船,312,126-133(上記文献和訳). 全文はこちら

4) John E., Reynolds III and Sentiel A. Rommel (1999), Biology of marine mammals. Smithsonian Institution Press, 896pp.

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