学生さんとの出会いから別れまで 〜私の場合の研究指導〜
いま現在、研究のアドバイスをしている学生さんが国外2名を含め約10名います。全国に散らばり男女比もほぼ半々で、それぞれに個性があっておもしろいです。就職していく人もあれば研究者になろうと頑張っている人もいます。みな平均的な学生さんに比べたらはるかに優秀で、意欲も高く、まじめです。こちらの関わり方も、機材の援助が主体の相談相手のような立場から、テーマもデータも解析方法も論文の書き方もまるごとこちらがレールをひいてしまう場合まで、濃淡はいろいろです。▼ただ、指導される側にとっては、この先どうなるんだろうという不安があるでしょう。そこで、私の指導方針を明らかにしておけば、多少はその不安を取り除くことに役立つかもしれないと考えました。学生さんそれぞれの個性もあるので、これで決まり!というような完全なものはありえませんが、大雑把な流れを時間を追って紹介しましょう。実際には、前後したりとばしたりと、いろいろな方法を織り交ぜていますので、だいたいの目安と考えてください。▼おーい、日本の学生さんたち! みんなこれ読んでるか〜?
1.出会い 私の職場は大学ではないうえ、もっとも近い総合大学からもとても離れているので、指導関係ができる決まったルートというのはありません。縁のある研究室の学生さんか、あるいはほんとうに飛び込みでおつきあいが始まるかのどちらかです。当然、学生さんは明確な興味と高い意欲をもっています。最初に私に連絡してくるときの敷居は、こちらが想像する以上に高いでしょう。これがふるいになっており、質のよい学生さんが多くなる理由でもあります。こちらもどの程度援助できるか、どこまで責任が持てるかについて考え、話し合います。職場で面会することもありますし、研究会やそれに続く懇親会などもよい機会です。ある程度見込みがありそうならば、調査にお誘いして現場をみてもらってから判断することもあります。▼この出会いの段階は、お互いに無理しないことが肝心です。学生さんの場合はもし指導を受けることになったら、私の場合はもし指導することになったらと考えて、鉛を飲んだような気分や重荷を背負ったように感じるときは立ち止まって考えましょう。逆に、そんなにたくさんのものを犠牲にしなくても得るものがありそうだと思ったら、もう少し具体的な話をしてみましょう。
2.テーマ 学部生や修士課程の学生さんの場合は、ほとんどこちらがテーマを決めます。テーマには、その時に動いているプロジェクトの達成目標や所属大学の指導教授の専門や意向、住んでいる場所(これはかなり大きいです)など、いろいろな条件があるのがふつうです。その制約の中で、私がアドバイスや援助ができそうなテーマを提示します。自分のやりたいことと提示されたテーマが違うことは間々あるので、希望や意見を述べましょう。それに沿えるかどうかはわかりませんが、どこが違ってどこが受け入れられるのかを互いが知っていることが大切です。テーマ探しについては別項に書いたのでそちらを参照していただくことにして、ここではテーマが決まったあとの話をしましょう。
3.プラモデル作り 学部学生や修士1年生はまず、失敗が少なそうな簡単な解析から始めます。結果の選択肢も既にこちらが予想済みで、あとは白黒はっきりさせるだけという堅い解析です。まずは成功体験をしていただこうというのが第一の指導方針です。やればやるだけ結果が出るので、定期的にレポートを出してもらい進捗状況を確認します。一ヶ月に1回ほどはどこかで話し合い、つまずいている石ころを取り除いたり迂回路を示したりして、結果が出るように導きます。メールだけではどうしても伝わらないので、ときどき会って話し合うことはとても大切です。▼その分野に慣れていないと、目の前に落とし穴があるのに気づかず、簡単にはまって、なかなか抜けられなることがよくあります。こまめに相談して早めに危険回避をしましょう。わからないままほっておくと、時間が無為に過ぎてゆき、それを回復するのはお互いにとても手間暇かかることになってしまいます。早期発見、早期治療です。▼だいたい2−3ヶ月でなにかが言えるグラフなり表なりができるので、この時点で小さな論文作成や学会発表を勧めます。実際に書くとなると、これも初めてのときは時間がかかるので、正味2ヶ月くらいはかかるでしょう。ここまでの実働時間は4−5ヶ月です。学生さんはそれ以外にもやらなければならないことがたくさんあるので、このくらいの負荷で一年くらいあっという間に過ぎてしまいます。すべての材料があらかじめそろっていて、説明書通りにつくればできるプラモデルのようなものです。研究のシミュレーションとも言えます。▼卒業論文であればこれでアガリです。
☆方針:検証確実なテーマで研究の成功体験をしましょう。
★罠:気づかぬ落とし穴にはまりやすいですが、それは簡単に抜けられます。
☆対処:一ヶ月に一度、会って話して早めに危険回避。
☆目標:その結果を学会で発表してみましょう。
4.ストーリー作り 修士1年生の終わり頃から、研究のストーリーを考えていただきます。研究は、プラモデル作りのように簡単にはすすまないのがふつうで、これがまた意外な発見があり面白いところでもあります。プラモデルは完成したものの、もっと例数を増やさないと確かなことが言えなかったり、新しい実験や解析を行わないと、ちゃんとしたストーリーをもった結果にならないことはよくあります。また解析に意外な展開があって、より面白いテーマに鞍替えすることもあります。▼ストーリーというのは、大きめの仮説で、たいていこれが論文の題名になります。例えば、マイワシはうきぶくろで音を聞くというストーリーにしたいなら、イワシの聴覚を測ったり、うきぶくろの音波の吸収を測ったり、うきぶくろの共振周波数を測ったり、文献で内耳とうきぶくろの接続を確認したりするわけです。マイワシ1個体の聴覚感度曲線を出すことをプラモデル人形作りに例えれば、ストーリー作りはそのプラモデルを組み合わせて消防署にするか警察署を作るかというようなものでしょう。▼この段階では、最初のプラモデル作りのときほど素早くは進みません。消防士はとりあえず3人までで終わらせて、消防車を先に組み立てようというようなアドバイスをします。ここで学生さんのはまりやすい罠は、それでも消防士のディテールにこだわったり、人数を増やそうとしたりすることです。同じ事を繰り返し精度良くやることはとても大切なのですが、べつの言い方をすれば楽な道なのです。完璧な消防士が一人いても、それだけでは消防署にならず火事も消せません。木を見て森を見ずで、先が見通せなくなります。一生懸命がんばってやっているのに同じところをぐるぐる回っている感じがしてきます。この段階は解析時間がかかるので多少の停滞感は仕方ありませんが、一ヶ月以上指導者に報告できなくなったら上の症状を疑いましょう。▼ここから抜け出す方法は、結果をひとに聞いてもらったり相談したりして、自分の位置を確認することです。いい結果が出るまでがんばらねばと同じ事を繰り返し行って袋小路に迷い込むのは、時間の無駄です。本人はがんばっている気になっているのですが、実際には進んでいないからです。私はこれを内職と呼んでいます。まず、研究のストーリーの中で自分が今どこをやっているのかを知りましょう。そしてどこをやればいいのかを話し合いましょう。いい研究をしていい結果を出すことが、学生と指導者の共通の願いなのですから、利害は一致しています。
☆方針:研究のストーリーを作ります。
★罠:木を見て森を見ず。研究が単純作業の内職になってしまうことがあります。
☆対処:自分がなにをやっているのか、その位置を確認しましょう。
☆目標:修士論文の目次を決めましょう。
5.論文作り 修士2年生の夏ころから論文を書き始めましょう。ストーリーを支持するデータが出そろい迷いがなくなれば、修士論文の骨組みはできたようなものです。この段階では、それを他人にわかる文章にするための論文の書き方をお教えします。博士を目指すにしろ社会に出るにしろ、紙に書いたことだけで明快に相手に伝える技術は必須です。論文は、闘う文章のなかでもかなり特殊で約束事が多いものですが、書き方をマスターしておくと応用範囲はとても広いです。▼修士論文が国際誌投稿レベルになることが理想です。目標は高くいきましょう。実際にそこにたどり着ける方は限られていますが、決して不可能ではありません。▼ここで学生さんが陥りやすいのは、文章作成で他人を頼りすぎることです。初めての経験ですから自信がないのはわかりますが、草案のあまり早い段階でひとに見せて修正してもらうと、文体だけでなく主張や解釈までもが借り物になってしまいます。まず自分で書いてみましょう。箇条書きでも一つの章だけでも、自分で書き切ってから人に見せることをおすすめします。修士論文なら、ある章の内容の箇条書き1ページでもいいです。自分で考えてこんな論文にしたいと示してください。包丁でリンゴの皮をむくところをよく見て真似してください。ただ、そのリンゴを人に渡してむいてもらうのはやめましょう。指導者側も、あまり手伝いすぎないように気をつけます。▼解釈をせずに結果だけ示したものもよくあります。結果は、うまく配列すればそれだけで主張になりますが、バラバラだとストーリーが見えません。この場合は、前のストーリー作りに戻って相談したほうがよいです。▼修士で修了の方はここでアガリです。
☆方針:闘う文章の書き方を学びましょう
★罠:他人を頼ってかっこいい文章を書きたくなる。
☆対処:自分で書き切ってから人に見せましょう。
☆目標:国際誌に投稿しましょう。目線を高く!※
※「目線を高く」とは国立極地研名誉教授の内藤先生からかつて私が言われた言葉です。自分のいる位置より常に一つ上を見ながら研究せよと受け止めました。
6.学位 博士後期課程に来てしまいましたね。すでにルビコン川を渡ってしまいました。三途の川という人もいるかもしれません。あなたも私も同業者になったわけですから、まあ腹をくくりましょう。博士後期課程の最大の課題は、学位取得ではありません、生き残る術を身につけることです。学位をとったあとは、なにもない荒野にほっぽり出されて、お金をかせいで機材を準備して現場と交渉してデータをとって解析してレビューして投稿してリジェクトされて懲りずに再投稿して論文を出版して学会で発表して同業者からの厳しい視線にさらされながら自分の新しい分野を切り開いていくという、ふつうの研究者が日常的にやっていることをやるわけです。これから3年ほどの間で、自立できる実力がつくかどうかが試されます。実戦に近い環境ですが、機材や予算や身分などの多くのインフラはすでにあります。プロの研究者は、こうした研究のインフラから自分でつくらないといけないところが違います。▼博士後期課程の学生さんは、学位論文の各章に対応した複数のストーリーを同時に進めることが多いでしょう。扱っている対象も広くなりますから、指導者も細かいところまでは口出ししません。研究のストーリーの中で、いまどこにいて何をやっているのかはよく自覚しているでしょうから、それを指導者に知らせましょう。▼この時点ではまる罠は、自由度が増したことによって自分に甘くなることです。課題を立て、スケジュールを組んで、結果を出すのは研究者の基本動作ですが、時としてこれが滞りがちになります。どうして自分だけこんなことやんなきゃいけないんだろうという気持ちが頭をもたげてきます。結局は、出した結果でしか評価されないので、2−3年後にそのツケはまわってくるわけですが、とりあえずインフラがあるので実感として湧きにくいかもしれません。処方箋をひとつ挙げるとするならば、逃げ込めるアホみたいな夢のような仮説をたくさん持つことでしょうか。そういう仮説リストは私もあります。あまり夢想しすぎると、砂上の楼閣になるので気をつけて。▼予算取得から発表まで、どれでもいいので実戦の一部を自分でやってみましょう。ただし、状況は常に報告しましょう。年をとっている分、やばそうな方向は早めに察知してアドバイスできます。なお残念ながら、研究者になってしまうとノーベル賞でもとらないかぎりアガリはありません
☆方針:実戦一歩手前のシミュレーションをしていただきます。インフラ整備より研究内容の充実に集中できる貴重な短い期間です。
★罠:自由度が増し自己管理が甘くなることがあります。
☆対処:課題と期日を明確にして、自分の考えを大切にしてすめてください。
☆目標:国際誌に2本以上掲載。国際学会での発表数回。
7.別れ〜修士でやめて就職するか博士に残るか 学生をやめて独り立ちしたところで、指導関係は終了します。ただし、修士修了で就職するか、博士後期課程に進むかは、重要な選択です。上の5と6の間には大きなギャップがあることがわかるでしょう。博士後期課程の学生さんはプロとして扱います。ですから指導関係が終わった後も、互いに良きライバルであり協力者として切磋琢磨していくことになります。将来、一緒に新しいプロジェクトを立ち上げ、そこからまた新しい博士が誕生したらすばらしいです。▼修士に入ったものの最初から就職を決断している場合も対処は簡単です。取り組む課題を小さく堅めのものにします。発展性には乏しいかもしれませんが、後腐れのない課題とも言えるでしょう。研究者になる気がない場合も、躊躇せずに早めにそう宣言してください。だからといって継子扱いするわけではなく、基礎トレーニングは誰にでもします。研究指向の学生さんに比べれば与える課題の難易度では多少のハンディをつけますが、結果は同じレベルで評価します。修士課程ですと、結果はだいたい努力量に比例します。がんばって結果を出した人が報われなければ、やる気がなくなってしまいますからね。▼問題なのは、修士の間にゆっくり進路を考えたいひとの場合です。なぜなら、現実の就職活動がそれを許してくれないからです。いまの就職活動は、修士1年の後半から始まってしまいます。これは、研究の基礎トレーニングのなかでも自主性が求められ始める4の段階に一致します。この時期に就職活動と進路決断を同時に行うのは、とてもプレッシャーがかかることです。実は私も修士課程在学中に迷いに迷いました。研究者として生き残れるだけの能力が自分にあるのか、正直なところ自信がありませんでした。かといって、生産現場では自分の好奇心を満たせないとも思いました。結局、研究公務員として就職を選んだわけですが、あの時の選択によっては様々な道があったのだろうなと思うことが今でもあります。ただ、現在に満足できるかどうかは、そのときの選択の結果ではなく、選択したあとの生き方でほとんどが決まると感じます。▼独白はこのくらいにして現実にもどりますと、修士課程での就職活動はお勧めします。企業まわりや官庁まわり、最近ではインターンなどで、いろいろな社会を見ることができる貴重なチャンスだからです。その上で、自分には研究が向いていると判断できるならば、それは自分で納得した上での人生の選択でしょう。▼就職活動と研究のどちらに重きをおくかは、各自の判断に任せます。私は研究面でのみ評価を下します。それが指導者としての私に与えられた任務ですし、逆に、研究が忙しせいでエントリーシートの書き方にミスが多いんだな、とお目こぼしをしてくれる企業の人事担当者もいませんから。▼最後は突き放すような終わり方でごめんなさい。生き残るための力を、一部でも研究を通して得ていただければ良いです。私にとっては、でてきた結果が論文や学会で公表されることが最大の報酬になります。この文章を読んだ現役あるいはOB・OGの方々、そこは違うんじゃないか!と思ったら教えてください。完璧な指導方針などあるわけなく、どんどん変えていかなければなりませんから。
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