見えないスナメリを勘定するための音響調査

本稿は勇魚48, 13-16に掲載されたものです。転載許可済み。

日本にスナメリは何頭?
 そもそも日本にスナメリは何頭いるのでしょうか。誰でも尋ねたくなるこの単純な質問に、正確に答えられないのはとても歯がゆいです。でも、イルカやクジラをご覧になったことがあれば、それが言うほど簡単ではないことは想像に難くないでしょう。
 肉眼で発見できるのは呼吸のために浮上したときだけです。スナメリは背びれがなく小さいので、とくに見えにくいイルカです。天候や明るさや、見ている人の集中力も発見率に影響します。潜ってしまえば、見つけることはほぼ不可能です。それでも、イルカやクジラの数を勘定する方法はあります。
 ある大きなプールの中に10頭のスナメリがいたとしましょう。水が濁っているので、ほんとうの数は神様しか知りません。プールサイドにいる私たちには、スナメリの総数はわからないのです。ただ、大きな網をもっています。網を使ってそのプールのスナメリを何頭か捕まえることができます。ひと網でどのくらいの割合を捕まえることができるかは、これまた私たちにはわかりません。ただ、捕まえたスナメリに印をつけることは許されています。ただし、印を付けた後はすぐにプールに戻さなければなりません。網は二回だけ使えます。百回も網をひいてとにかく全部捕まえるというやりかたはダメです。さて、これだけでプールの中にいるスナメリの数がわかるでしょうか?
 正解は、ある程度わかります。網を二回使うところがミソです。
私たちが、実は一回で文字通り一網打尽に全部捕まえることができるすごい網をもっていたとしましょう。そんなことを知らない私たちは、捕まえたスナメリに印をつけて放します。二回目に網を打って捕まえたスナメリにはすべて印がついているのを発見するはずです。神様から見れば、一回目も二回目も全部捕まえているのですから、あたりまえです。私たちから見れば、これはどうもかなりの割合でこのプールのスナメリを捕まえているらしいと感じます。
ではもし50%つまり5頭しか捕まえられなかったとしたらどうなるでしょう。二回目にもだいたい5頭捕まるわけですが、そのなかで印がついているスナメリは2頭か3頭でしょう。
捕まえることができる割合を見積もるには、二回続けて網に入るスナメリの数が鍵になりそうです。印のついたスナメリがたくさんいれば、ひと網に入る割合が大きいといえそうです。印つきスナメリの再捕獲数が少なければ、ひと網に入る割合は小さそうです。
 漁業関係者であれば、魚の標識再補率が高くなると資源に対する漁獲圧が高い、ということを肌身で感じているかもしれません。同じ個体が何度も捕獲されるということは、その海域での漁法が一網打尽に近づいていることを示しています。

神様しか知らない頭数を知る
 計算はあとまわしにしまして*、もう少しこの問題の性質をみてみましょう。ある海域に10頭のスナメリがいたとします。もちろんこの数は神様しか知りません。ある手法で、たとえば音響で90%の確率でスナメリを発見できるとすると、その海域では9頭のスナメリがみつかるはずです。スナメリは頻繁に鳴いていることがわかっていますから、鳴き声がした方向からスナメリの数を勘定することができます(本号木村の記事参照)。
 見つけたスナメリを便宜的に黒く塗っておきましょう。印をつけるわけです。
 次に、同じ海域を別の手法で、たとえば目で見てみます。目視でも90%の確率でスナメリが発見できるとすると、その海域ではだいたい9頭のスナメリがみつかるはずです。そのうち黒く塗られたスナメリはおよそ8頭になるはずです。つまり0.9×0.9=0.81の確率で、その海域のスナメリのうち8割は両方の手法で重複して見つかるはずです。
 私たちにわかるのは、ある海域で調査を行ったら、音響で9頭、目視で9頭、うち両方で重複して8頭のスナメリが見つかったというデータだけです。この数字だけを使って、その海域には推定10.1頭のスナメリがいたことが計算できます*。神様だけが知っている10頭がほんとうの数字なのですが、推定値もなかなかいい線いっています。

 
図1 10頭のスナメリがある海域にいたとします。この数は神様しか知りません。音響での発見率(Pa)が9割(左)、目視での発見率(Pv)も9割のとき、音響でも目視でも見つかるスナメリの数(m)はだいたい8頭です(右)。

 音響での発見率が30%だったとしましょう。するとその海域では3頭のスナメリがみつかるはずです。
見つけたスナメリを黒く塗っておきましょう。
 次に、同じ海域を目視で見てみます。目視の発見率も30%だったとすると、その海域ではやはり3頭のスナメリがみつかるはずです。すると、そのうち黒く塗られたスナメリは1頭前後でしょう。つまり0.3×0.3=0.09の確率で、期待値としては1頭のスナメリが両方の手法で見つかるはずです。
 実際の調査では、音響で3頭、目視で3頭、両方の手法で重複して見つけられたのはわずかに1頭というデータが得られるわけです。簡単なモデルから計算される発見確率は、この場合、音響と目視とも3分の1、推定頭数は9頭*です。ほんとうの発見率は30%、全数は10頭です。確率にほぼ従ったデータが得られたとしても、多少の誤差が生じます。現実には、重複して見つかる頭数は2頭かもしれませんし、場合によっては0頭でしょう。その場合、全数が過小推定になったり過大推定になったりします。標識再補には必ず誤差が伴います。誤差を小さくするためにはサンプル数を多くとることがたいせつです。

 
図2 10頭のスナメリがある海域にいたとします。この数は神様しか知りません。音響での発見率(Pa)が3割、目視での発見率(Pv)も3割のとき、音響でも目視でも見つかるスナメリの数(m)はだいたい1頭です。

スナメリの自動観測ロボット
 まったく独立な2つの手法で同時にみつけた個体数(あるいは群れ数)を勘定すれば。それぞれの手法での発見率が計算できます。発見率がわかれば、見つけた数をその確率で割ってやると頭数がでます。さらに観察した面積を、推定したい海洋の面積に引き延ばしてやれば、全個体数が推定できます**。
 鯨類目視調査で第一観察者のほかに独立観察者を設ける理由がおわかりでしょう。2つの独立な観察者がいれば、重複して見つけた個体数からそれぞれの発見率がわかります。逆に言えば、見えないスナメリがどのくらいいたのかが推定でき、ひいてはその海域の個体数を計算できるからです。
ここまでおつきあいいただいた方は、独立観察者が人間による目視観察でも音響でもどちらでもよいことに気づかれたかもしれません。お互いになにもヒントを与えないで同じ個体群を観察すれば、原理的には同じ計算方法で発見率を推定できます。
 なかでも音響調査は、独立観察者として優れています。目視観察者になんのヒントも与えません。また逆に、目視観察者の挙動が音響観察結果に影響を与えることもありません。2つの手法はまったく独立です。加えて、音響的手法は人間のように疲れることがありません。霧でも少々時化ていても大丈夫です。
 この性質を利用して、長江の淡水性スナメリの数を音響的に勘定することを試みました。ヨウスコウスナメリの生息域である三峡ダム下流の宜昌から上海までを下り、音響と目視でスナメリを数えました。その結果、音響による発見率は目視の約2倍で、とくに単独で泳いでいるスナメリの発見に音響調査が威力を発揮することがわかりました***。
 中国中南部にある武漢市にはバドワイザーのビール工場があります。ビールは大消費地である上海まで長江を通じて運ばれます。バドワイザーを運ぶ貨物船の船長さんが中国水生生物研究所の同僚たちと知り合いだった縁で、船主さんとお話しする機会に恵まれました。この船に録音装置を取り付けて、武漢から上海まで1100kmの間でスナメリの音響観察をしようという提案です。幸い船主さんはとても好意的で、装置を船に取り付けるための溶接加工もすすんでやってくださいました。これから春夏秋冬毎に、スナメリの個体数と分布調査を行う予定です。実際は、録音装置を鉄パイプの先に取り付けて船底付近まで沈め、あとはふつうに航行してもらうだけです。
 1100kmにおよぶ目視調査を年4回行うとしたら、たいへんな費用と手間がかかります。まず調査員の人件費や食費が必要です。出港場所までの交通費もばかになりません。予定も合わせなければなりませんし、目視に適した船を傭うなら、とてつもない金額になります。それに比べ音響調査用具は片手で持てるほどの装置で一ヶ月間連続運転でき、単一電池2本を交換すれば何度でも使えます。疲れたり、よそ見をしたりすることもありません。
ロボットによるスナメリの自動観測は、もう実用段階に入ったといえるでしょう。

*全数をN、音響で発見された個体数をNa、目視で発見された個体数をNv、両手法でともに発見された個体数をmとします。
Na=N x Pa, Nv=N x Pv, m=N x Pa x Pvが成り立ちます。Pa,Pvはそれぞれ音響と目視での発見率です。これらの方程式の左辺は観測可能な既知数、右辺は直接観測が不可能な未知数です。未知数3つで方程式3つですから、これを全数Nについて解きますと。
N=(Na x Nv)/m
となります。
本文の例題1ではNa=9, Nv= 9,m=8でしたから全数の推定値は、N=10.1
本文の例題2ではNa=3, Nv= 3,m=1でしたから全数の推定値は、N=9
です。このような単純なモデルですと推定された全数は真値(10頭)に近くなります。

**ここでは、密度勾配・発見率の距離依存性・2手法の均一性・二重勘定の排除について、いっさい触れていません。専門的には次の文献を参照してください。Buckland, S.T., Anderson, D.R., Burnham, K.P. and Laake, J.L. 1993. Distance Sampling: Estimating Abundance of Biological Populations. Chapman and Hall, London. 446pp.また、音響的な観察バイアスについての議論は下記文献を参照。

***J. Acoust. Soc. Am. 123, 4403-4411 (2008)。本稿の下敷きになっている左記論文で採用したのはstrip transect法です。音響的line transect法による個体数推定モデルはこれから構築しなければなりません。片づけなければならない宿題です。

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