魚を判別できるイルカ型ソナーをつくる
赤松友成(独立行政法人水産総合研究センター 水産工学研究所 主任研究員)
本稿は、物理科学雑誌パリティ,
23(03)
,
60-64に掲載されたものです。
イルカは優れた音響探知能力をもっている。この仕組みがわかれば、魚の種類を判別したり、人命救助に役立てられる音響探査装置がつくれるだろう。イルカの能力をコウモリと比較しながら、イルカのように魚を見分けることができる新しい音響探査技術を実現する道筋を示す。
イルカの不確定性原理
イルカとコウモリは人間には聞こえない高い周波数の音波で物体を探査することができるソナー能力を持っている。ソナー(SONAR)とはSound Navigation and
Rangingの略語で、音波を使って物体に関する情報を得るための技術または機器のことである。イルカもコウモリも優秀なソナーの使い手だが、水中で魚やイカを食べるイルカと空中で昆虫を捕らえるコウモリでは、ソナーに用いる音に顕著な違いがある。イルカのソナーは位置計測優先モードなのに対し、コウモリは速度計測優先モードなのだ*1。
イルカは、継続時間が50マイクロ秒ほどの短いパルス音を使用して空間分解能を高めている*2。一方コウモリは、数ミリ秒と継続時間が比較的長めの音を利用して周波数分解能を高めている。餌生物の位置と速度は、どちらも捕食動物にとって重要な情報である。しかし、両者を同時に計測するのは難しい。一方を観測しようとすると、もう一方の誤差が大きくなってしまう。巨視的レベルの現象なので工学的にまったく回避できない問題ではないが、一種の不確定性原理である。同じソナーを使う動物でありながら、それぞれの環境での最適なソナーの使い方が違ってきたのだろう。

図1 ヨウスコウカワイルカ。絶滅がもっとも危惧されているほ乳類で、もしかしたら種としての存続はもう手遅れかもしれない。中国揚子江の濁った水の中におり、水晶体は退化して目が点になってしまった。そのかわり、特徴的な頭部の出っ張り部分から超音波ソナー音を頻繁に出して周囲を探っている。(撮影:笹森琴絵。中国科学院水生生物研究所にて)
イルカのソナーは位置優先モード
イルカのソナー音はとても短い時間しか続かないので、音波の始まりから終わりまでの長さは水中では8cm程度しかない。音波というより波束といったほうがよい。イルカのソナー音なら、水中で8cm以上離れている2尾の魚からの反射音が明瞭に分離できるので、位置の計測精度が高くなる。そのかわり、イルカはドップラー効果を利用した速度計測モードはあきらめたようだ。これにはいくつかの理由があるように見える。
まず、イルカは魚を一匹ずつくわえて食べなければならない。大型のヒゲクジラのように、大きく開けた口に海水ごとプランクトンを飲み込むようなことはしない。イルカはねらいを正確に定めないといけないのだ。
水中の音速が空気中に比べ約5倍の毎秒1500mであることも理由の一つだろう*3。ドップラー効果による速度計測が空気中より難しい環境だ。餌となる魚とイルカの相対速度はせいぜい毎秒数mである。音速330m/sの大気中を高速で飛行できるコウモリと比べると、イルカにとってはドップラー効果の計測精度を2桁高くしないとコウモリと同じように速度を測ることができない。イルカがこれを行うには、音の継続時間を長くすることが必要になる。イルカは人間にも聞こえる周波数帯域でコミュニケーション用にこのくらいの長さの声を持っているが、魚から有効な反射を得ることができる超音波領域では長い声を発することができない。
発声器官の進化的制約もあったのかもしれない。イルカのソナー音は人間でいえば副鼻腔のあたりにある一対の脂肪の塊の間に空気を通過させて発せられる打撃音である。大きな音圧を一瞬で出せる比較的簡単な構造である。このため、イルカのソナー音の波形は同種内ではほとんど変化がない。コミュニケーション用音声は周波数変調がかけられ多彩なパターンを持っているが、音圧レベルは小さく周波数も低い。こちらの音源は正確に特定されていないが、喉頭付近のなんらかの管の共振を利用しているのだろうと想像される。複雑なメカニズムが必要なわりに、大きな音は出せず、ソナーとしての運用には向かない音源だ。
コウモリのソナーは速度優先モード
コウモリは長い音声を発してドップラー効果を積極的に利用している。自分が発した音波の周波数と、餌となる昆虫からはね返ってきた音波の周波数がわかれば、相対速度が計算できる。コウモリは70kHz程度の音波を数ミリ秒発するので、音声の長さは波数にすれば数百ある。これならば、微妙な周波数変位を検知できる。
コウモリの聴覚は特定の周波数範囲で極めて感度がよい。聴覚窩と呼ばれるこの帯域は自らが発する声の第二倍音に一致している。基底周波数成分は体外には出ない。自分専用の時刻同期信号を持っているのだ。さらに巧妙なことに、コウモリは近づく昆虫からの反射波に起こる高めの方向への周波数変位を補償して、自らの発する声の周波数をほんの少し下げる。これにより、もっとも感度がよい聴覚窩の周波数帯で反射音が感受できるようにしている。このドップラー補償行動は、コウモリをブランコに乗せた実験で見事に示されている。ブランコに載せられたコウモリの速度は、正弦波で変化する。目の前に固定した対象物体へのソナー音の周波数は、相対速度に応じて正弦波状に変化する。ところが、ブランコが餌から遠ざかるときには発声周波数を変化させず、送信周波数(下図の点線)はちょうど半波整流されたようになる。つまり、離れていく対象物に対しては自分の声を高くする補償行動を行わない。「去る者は追わず」である。遠ざかる昆虫はコウモリにとっては捕食の対象外なのだ。不要なものには探索コストを払わないのは、いかにも動物らしい制御方法である。

図2 ブランコに乗せられたコウモリのソナーにおけるドップラー補償行動。接近するときは、速度に応じて生じるドップラー効果をちょうど相殺するように、休止状態のときの周波数より下げて送信する。しかし、遠ざかるときは送信周波数を変化させない(Behrend et al. 1999より*4)。
餌を捕まえるときのソナー
波数が少ないソナーを使用しているイルカは対象物との相対速度情報が得られないかというと、そうでもない。一眼レフカメラのスポーツモードを使ったご経験はあるだろうか。これを使うと、たとえば運動会で走っている愛娘でも、シャッター半押しで常に焦点を合わせ続けることができる。イルカも、近づく対象物にソナーの探索距離を合わせ続ける自動焦点行動ができる。イルカは、対象物からの反射音がはね返ってきたらすぐに次のパルスを打つように調節しているため、近づくに従って発射間隔が短くなる。キャッチボールをしながら互いに近づいていくとき、投げる間隔が徐々に短くなるのと同じだ。「接近段階」と呼ばれるこのソナーの使い方は、聴覚というより触覚に近いように見える。長く伸ばせる音波の杖で近づく対象物をさわり続けているようなものだ。イルカは30mくらいの距離から接近段階に入ることができる。このときの典型的なパルス間隔は40−60ミリ秒で始まる。つまり毎秒20回程度距離計測をしていることになる。ならば、その距離の変化量を見れば相対速度がわかるはずだ。イルカは対象物の1m手前まで接近段階を続けることができ、その間は音響的に相手を触り続けることができる。
ソナーの焦点を合わせられた魚は、たいていの種類が超音波が聞こえないため食べられようとしていることすらわからない。これではイルカの一人勝ちかと思うが、魚もちゃんと防衛策はもっている。大型の捕食者が泳いで近づいてくると、どうしても周辺に水の流れが生じる。魚は超音波こそ聞こえないものの*5、機械的変位を感じることができる有毛細胞を体表面各所に張り巡らせており、これで水の流れを感知する。魚の脇腹に点々と見える側線は、この有毛細胞を管の中に配列してある器官である。所々にあいている穴が点線となって外から見える。側線管器は、それらの穴から圧力差によって管の中に入り込む水の流れを検知する優れた感覚能力なのだ。接近する危険な対象から発せられた水の流れは、有毛細胞につながる神経を発火させ、マウスナー細胞を介した運動系への素早い投射によって筋肉を駆動し、魚は逃げることができる。
スナメリという小型のイルカに小さな録音器と加速度計を取り付けて野外に離した実験を行った*6。このときスナメリは、接近段階のソナーを使って、パルス間隔を徐々に狭めていき、おそらく魚と思われる対象物に近づいた(図3)。最初は尾びれを上下に振って推力を得たため、上下方向の体の加速度に振動が見られる。しかし、接近の後半はそれもやめて徐々に速度が落ちている。そーっと慣性で近づいた様子が記録されている。直後に急旋回して速度が0になったところが捕獲を試みた時点と推定される。速度は小さなプロペラの回転数で測っているため、急旋回すると装着位置での対水速度が一時的に下がる。だがこの時点では、イルカは餌の捕獲に失敗したかもしれない。その直後にもう一度急旋回し、さらに体の上下がひっくりかえっているからだ。同時に、パルス間隔の短いソナーを立て続けに発し、近くを探っている様子がわかる。イルカはこのとき近くにいるはずの逃がした魚を探しながら「しまった!」と思っていたのだろうか。

図3 弘法も筆の誤り? イルカがいつも魚を捕まえられるとは限らない。むしろ何度も試みてようやく餌にありつけるのではないか。動物に電子記録装置をとりつけるバイオロギング技術を使うことで、これまで不可能とされてきた水棲動物行動の詳細な観察が可能になった。
イルカのソナー能力を手に入れたい
これまで見てきたように、イルカのような短い継続時間のパルス音を使うと、とても空間分解能がよいソナーが実現できる。利点はそれだけではない。短いパルス音は多くの周波数成分を含むようになるので、反射音の音色で物体の性質がわかる。いわゆるインパルス応答を見ることができる。手元のペンで、身の回りのいろいろなものを叩いてみるとよい。机や照明や棚や壁は、それぞれ異なった音色を発するだろう。中空の物体と中身が詰まっている物体では見かけや材質が同じでも叩いたときの音が異なる。物体内部での多重反射によって聞こえ方は違う。イルカのソナー音ならば、物体の構造や物性を反映した反射波形が得られることが期待される。実際、1970年代から盛んに行われるようになった米海軍の実験では、イルカは物体の大きさだけでなく、材質や厚み形までも判別できることが示されている。
発想は単純である。このイルカの能力を手に入れることはできないだろうか。魚の捕りすぎが問題になり、漁業資源が枯渇しつつあるうえに、世界の水産物需要は高まるばかりである。魚の大きさや種類やできれば脂ののり具合までわかったうえで捕まえれば、市場での値もよいし資源に与えるインパクトも少ない。二束三文にしかならない小型魚も、捕らずに数年待てば値のよい大型魚に成長するはずだ。水産業では、選択的漁法とか資源管理型漁業が叫ばれて久しいが、捕らずに資源の質を見極める技術を私たちはまだ持っていない。イルカ型ソナーをつくって、魚一匹一匹の情報を漁船の船頭が知ることができれば、とても便利に違いない。
イルカのソナーを実現するのは簡単なように見える。要は、パルス音を発射し、その反射音をうまく受信し解析すればいいのだ。ところが現実の応用には困難が立ちふさがる。送信時間が短いと、瞬時音圧は大きいが総エネルギーは小さくなる。また波数が少ないため、エネルギーは広い周波数範囲に拡散してしまう。従来型の魚群探知機のように特定の周波数成分だけに注目する技術使えない。送受信素子の共振特性や前段増幅器でのアナログフィルタ、後処理でのデジタルフィルタなど、特定の周波数成分をより分ける道具はたくさんあるが、イルカ型ソナーの場合、広い周波数範囲のすべてをクリアに送受信しなければならない。反射波の解析も簡単ではない。従来型魚群探知機のように単純に量つまり反射波の振幅を見るだけではすまないからだ。雑音にうもれた反射波形のどこに魚の大きさや種類や脂ののり具合などの特性が含まれているのか、どうしたらそれを抽出できるのかがわからない。そもそも、大きな音圧のパルス音を安定的に発する装置が存在しない。イルカ型ソナーをつくろうとすると、送受信素子の設計と解析アルゴリズムの両方をまったく新しいものにしなければならない。
私一人ではこの課題は手に余る。そこに別の角度からこの問題に興味を持っていた2つのグループが仲間に加わった。魚群探知機では日本で最大のシェアを誇る古野電気(株)の西森靖らは、かねてから広帯域魚群探知機の可能性を探っており、高出力で多くの周波数を同時に送受信できる素子の開発に取り組んでいた。東北学院大学の松尾行雄は、コウモリのソナーをモデルとした新しいアルゴリズムを研究しており、反射波から対象の内部構造を推定できる可能性を示していた。これらのハードウエアとソフトウエアに、これまでにイルカから学んだ様々なソナーの使い方を組み合わせれば、新しい水中探査技術ができるだろう。
私たちは研究コンソーシアムを組織し、生物系特定産業技術研究支援センターの異分野融合研究事業の援助を受けて、「イルカ型対象判別ソナーの開発」というプロジェクトを開始した。本研究では、2011年までに、生物生産量の高い大陸棚の水深200mまでを探査可能で、8cm以下の空間分解能をもち、イルカのように目標とする魚を素早く的確に認知し判別することができる次世代型広帯域対象判別ソナーの実証機の開発することを目標としている。

図4 イルカのソナーは従来型ソナーにくらべ、空間分解能と判別能力が優れている。一方、従来型魚群探知機は資源の量をまんべんなく測る上で有利である。これらの特徴を組み合わせたハイブリッド型のソナーが実用機として有用と考えられる。すなわち、資源の量を測る従来型ソナーと資源の質を測るイルカ型ソナーの2つのモードを組み合わせることで必要な漁業情報を得ることが出来るようになるだろう。
これからの水中探査技術
水産業はこれまで狩猟産業であった。海中にある種別資源の量がわからないということは、例えて言えば在庫量が不明の倉庫から商品を出荷して売ってきたようなものである。当然、在庫が底をつけば漁業は破綻する。対象判別ソナーにより海洋にある資源の量が把握できるようになれば、店頭からなくなった種類だけを獲って市場で売ることが出来るようになるだろう。ちょうどコンビニエンスストアのように、レジの売り上げ情報が、海の資源の在庫管理をしている漁船に伝えられるわけだ。市場での値段や店頭に並ぶまでの時間と燃油費用も計算すれば、漁師の収入を最大化するような生産調整も可能になるだろう。たとえば、イルカ型魚群探知機に映った映像をマウスで囲むと、魚の種類別の尾数とトン数だけでなく、いまそれを獲ったときの利益が表示される。もし赤字になる魚であれば、漁師はそれを無理に獲ることはないだろう。
対象判別ソナーの応用範囲は、漁業だけにとどまらないたとえば、原子力発電所の取水口をつまらせる様々な海洋生物やゴミ。日本海沿岸の漁業に壊滅的な打撃を与える大型クラゲ。我が国に海から侵入を試みる工作員。密漁者など、海中に存在する危険な対象を事前に自動で察知することはこれまで困難であった。水中セキュリティー産業の市場は、判別技術さえあれば大きく拡がると期待される。これまで直接観察でしか見ることができなかった対象物を、海上から遠隔的に識別することができるようになれば、応用範囲はとても広いだろう。
*1
コウモリもパルス幅を短くして位置計測を優先させるモードをもっている。イルカとコウモリのソナーの比較については次の文献が参考になる。Advances in the
Study of Echolocation in Bats and Dolphins. Eds. Thomas, J., Moss, C. &
Vater, M.,
*2
イルカのソナーについては、まさにその題名を持った以下の書籍がよくまとまっている。Au, W.W.L., 1993, The sonar of dolphins.
*3
海洋音響関連の参考著書として次を挙げる。海洋音響学会編, 2004, 海洋音響の基礎と応用,
pp.306,成山堂書店.
*4 Behrend et al. 1999, Binaural influences on
Doppler shift compensation of the horseshoe bat Rhinolophus rouxi, Journal of
Comparative Physiology A, 185(6), 529-538.
*5
大西洋に生息する一部の魚(アメリカンシャドやメンハーデン)は、100kHzを越える超音波を聞くことが出来る(Mann et
al.,1997,Nature,389,341)。ただしこれが、コウモリと昆虫で行われているような探知と回避のような音響的軍拡競争なのかどうかは、推測の域を出ない。
*6 Akamatsu et al.
2005, Proc. R. Soc. Lond. B, 272,
797-801.