DNAレベルの比較による真骨魚類の多様性と類縁関係
水産研究所では魚介類など水産生物を,いかに減らさないようにうまく獲るか(資源管理),うまく増やすか(栽培漁業)という研究を行っている.そのためにはそもそも対象とする生物の性質を知る必要がある.水産生物といえばメインはやはり魚であろう.では魚とはどんな生き物なのだろう.
魚類は,約50,000種といわれる脊椎動物のうちのおよそ半分をしめるグループである.中でも,ヤツメウナギなどの円口類とサメやエイなどの軟骨魚類それぞれ数百〜1,000種程度をのぞくと,その大半は硬骨魚類であり,さらに,肺魚やシーラカンスといった「生きた化石」のような,せいぜい数10種しかないいくつかのグループをのぞくと,その大半は真骨魚類というグループからなる.真骨魚類は代表的な進化的硬骨魚で,堅く発達した骨格,なめらかな鱗,うちわ状の均整のとれた尾びれなど,水中生活にとくに適応した体制を持っている.
水産資源の遺伝的多様性とその保全
水産に話を戻そう.かねてより個人的にとくに重視しているのは,生物多様性を保全しつつ資源を持続的に利用するためにDNAレベルの研究がどのように貢献できるか,ということである.栽培漁業の現場では,コストと手間を考慮すれば,少数の継代飼育した親から採苗した,遺伝的多様性の低い種苗を,ときには地域をまたいで(外来魚を含む)放流するというのが当然の選択である.これには生物多様性が損なわれ,集団の永続性や地方ごとの環境への適応性が破壊されるリスクがともなうので,今では行政レベルでこのようなやり方を推奨しているところはないと思う.しかし実務担当者には,常にコストダウンと省力化の誘惑があるようである.このような傾向に歯止めをかけることができれば,DNAレベルの研究のひとつの貢献となる.
真骨魚類は25,000種以上からなる,地球上で最大の脊椎動物のグループである.ヒマラヤの氷河から流れ出す小さな川から,数千mの深海,南極の氷の下から,熱帯のジャングルを流れる川まで,あらゆる水環境に進出している.種の数を繁栄のバロメータとすると,地球上でもっとも繁栄している脊椎動物は真骨魚類である.この点では我々人類の属するほ乳類(約5,000種といわれる)など問題にならない.
真骨魚類はいうまでもなく我々人類と経済的・産業的に密接な関わりを持つグループである.たとえば,寿司ネタに真骨魚でない魚はない.そもそも我々が普段,魚といえば思い浮かべるもの,タイ・ヒラメ・フグ・サバ・カツオ・キチヂ・ボラ・タラ・メダカ・サンマ・サケ・アユ・コイ・イワシ・ウナギなどなど,これらはすべて真骨魚である.これらの生物多様性や類縁関係を明らかにすることは,その生理的・生態的な性質を進化の物差しで知ることである.こうした観点から,いかに減らさずうまく獲るか,うまく増やすかということについてのヒントが得られる.
真骨魚類の生物多様性や類縁関係を明らかにすることはまた,同じぐらいの進化の歴史を持つほ乳類の来歴を考えるうえで有益な情報をもたらすに違いない.これはひいては「人はなぜいるのか」,あるいは「人はどこから来たのか」といった生物学の根本問題にかかわってくる.近年になって脅威的な勢いで発展してきた分子生物学的手法による,遺伝子の本体DNAの研究は,このようなテーマにもっとも適した,有効なやり方である.
そこで,真骨魚の進化史を概観するために,ヒラメのミトコンドリアDNAの構造解析(1),(2),や,ミトコンドリアDNA全長配列解析技術を応用した真骨魚の目レベル以上の上位分類群間の類縁関係の解析(3),(4)を行った.
そこで,水産資源は地方ごとにどれぐらい遺伝的に離れているのかを示すためにマダラとヒラメについて系群解析(5)を行った.ヒラメについてはさらに,種苗生産や放流のやり方の遺伝的側面(6)について調べ,また,DNA情報をフィールド研究に応用して捕食者を同定した(7).そのほか,見分けがむずかしいマサバとゴマサバをDNAで識別する研究(8)や,50年以上前に使用された古い漁具に残されたウロコから,北海道に大挙して押し寄せていた春ニシンの遺伝子解析(9),(10; 25ページ)を行った.
生物多様性の保全というのは,直接的な水産資源の保全だけにとどまらない.さまざまな魚介類のすみ場所を守ることにも当然の価値がある.最近では,失われたすみ場所を再生する試みも始まっている.しかしここでも,コストと手間に配慮して少しでも楽をしようという誘惑がある.現在,アマモの全国的な分布,生態,遺伝的な調査(11; 2ページ, 12; 19ページ)を行っている.この成果により,アマモ類の無秩序な移植に歯止めがかかると期待される.自然再生という,よかれと思ってやった結果が必ずしもよくない,ということにならないように貢献していきたい.