Extreme life history change of white-spotted char (Salvelinus leucomaenis) after damming
Morita, K., Yamamoto, S. & Hoshino, N. (2000) Canadian Journal of Fisheries and Aquatic Sciences, 57: 1300-1306.

サケマスの生態と進化(前川光司編,文一総合出版)より抜粋したもの)

多くのサケ科魚類には,一生を川で過ごす"残留型"と川と海を回遊する"降海型"という異なる2つの生活史がある.これらは,かつて別種と考えられていた時代もあるほど,その容姿には差が大きい.ダム構築によって海と分断された川では,たとえ海へ行くことができたとしても,降海型が川に戻ってくることはできない.もし,ダムができる前と同じように多くの魚が海へ下るのであれば,ダムの上流で個体群を維持するのは難しくなるはずである.ダム上流において個体群を維持するためには,まず,残留型になる個体が増えることが必要である.残留型しかすむことができなくなったダム上流は,残留型だけが子孫を残すことができるからである.ある個体が残留型になるか,それとも降海型になるかの分岐には遺伝性の存在も知られている.そのため,いずれ,分断化された川では海に下るという本能が失われてしまうだろう.実際,6000〜7000年前に滝上流に隔離されたブラウンマスは,完全に降海する本能が失われているという(Jonsson 1982).けれども,人為的なダムによる分断化の場合,構築から長くても50年程度であり,遺伝的に完全に海へ下らなくなるには期間が短すぎるようにも思える.ダム構築によって海とのつながりを失った川では,いったいどんなことが起こっているのだろうか? そこで私たちは,北海道に生息するイワナ(アメマス)の生活史を,海とつながりのある川と砂防ダム上流の川で調べることにした.
海とつながりのある川では,降海型と残留型の両方がふつうに見られるが,砂防ダム上流の川では,当然,残留型だけしか見られなかった.次に,銀毛個体,つまり海へ下る個体の頻度を比較したところ,砂防ダム上流から海へ下る個体は,海とつながりのある川の10分の1ほどまで少なくなっていた.すなわち,砂防ダムの上流では,ただ単に降海型が戻って来られないだけではなく,海へもあまり下っていないのである(砂防ダム上流で銀毛する少数の個体はすべて雌であった).また,砂防ダムの上流では,稚魚の密度が通常の5分の1ほどまで低くなっていた.これは,産卵数の多い降海型が繁殖に参加できないことが原因であると考えられる.海で大きく成長した降海型は,そのぶん産卵数も増加するので(Morita & Takashima 1998),ふつうは再生産のかなりの部分を担っている.実際,北海道南部の河川では,総産卵量の87%が降海型に依存すると推定された.残留型の個体群で稚魚の密度が低いことは一般的に知られた現象で,イギリスやスウェーデンのブラウンマスでも,滝の上流に生息する残留型の個体群のほうが,滝の下流に生息する降海型の個体群よりも,卵や稚魚の密度が著しく低くなっている(Elliot 1994; Bohlin et al. 2001).そして北海道のイワナの場合,この密度の低下による成長条件の好転が,砂防ダム上流域で高い残留型の出現をもたらしていると考えられた.すなわち,砂防ダムが構築されると,降海型が産卵できないために密度が低下するが,そのために川で十分に成長できるようになり,結果として海へ下らなくなるということが考えられる.この仮説を確かめるため,海とつながりのある川で採集した稚魚を砂防ダム上流に移植し,4年間の追跡調査を行った.その結果,予測したとおり,海とつながりのある川の稚魚も非常に成長が良くなり,それらのほとんどの個体は銀毛せずに残留型になったのである.では,ダム上流の稚魚も成長が悪くなると銀毛する個体が増えるのかと思い,ダム上流の稚魚を海とつながりのある川に移植するという逆のパターンの調査も行ったが,密度効果で死亡率が高いためかほとんど再捕されず,失敗に終わった.
以上の結果から,次のような図式が浮かび上がってきた.@降海型が川に戻らなくなると,必然的に生息密度が激減する→A生息密度が低くなると,幼魚の成長が良くなる→B幼魚の成長が良くなると,残留型になる魚が増える→C残留型だけが産卵すると,生息密度は低いままになる.すなわち,降海型が川に戻れる環境(高密度)であれば次世代も降海型になろうとするが,逆に,降海型が川に戻れない環境(低密度)になると次世代は残留型になろうとする,という素晴らしく臨機応変な戦略を取っているとは考えられないだろうか.また,もう少し魚の立場にたった見方をするならば,餌や生息空間などが十分に得られるならば残留し,得られなければ海へ下るという,条件戦略(conditional strategy)とみなすこともできる(帰山 1996).近ごろ,サケ・マス類の回遊の先駆的な研究者であるジョン・ソープ博士は,"海へ下るということは,川で成熟(残留)することに失敗した個体がとるネガティブな決断である"と結論づけている(Thorpe & Metcalfe 1998).
実は,このような残留型が急に増える現象は,ダムによる分断化に限ったことではない.例えば,カムチャッカに生息するベニザケは,1935年ごろから海洋での漁獲圧が高まり,川への回帰数が激減した.これに伴い,ベニザケの産卵場であるダルニー湖での産卵量も激減したため,逆に幼魚の成長が良くなり,結果的に海へ下らない残留型のベニザケが短期間で増えたという(Thorpe 1989, 1994).北海道のサクラマスやベニザケにおいても,生息密度が低い年や,環境条件が良い年には残留する個体が増えると報告されている(杉若・小島1984; 帰山 1996).このように,サケ科魚類の生活史戦略には,遺伝的な変化がなくとも,かなり臨機応変な対応をやりとげる力があるといえるだろう. しかし,先にも述べたように,残留型になるか降海型になるかには遺伝性の関与もある.徐々にではあるが,砂防ダム上流には降海型になりにくい遺伝子,つまり移動しない性質が蓄積されていくことを認識すべきである.実際,ほんのわずかな差ではあるが,砂防ダム上流のイワナは遺伝的に下流方向へ移動しにくくなっていることが確認されている(Morita & Yamamoto 2001).残念ながら長い目で見ると,ダムによって分断化された川では回遊する遺伝的特性が失われてゆくだろう.